購入価格 ¥1800
「例のポンプ」の一味。
お安いので私もつい、買ってしまいました。
ポンプに書いてある” IRON JIA’S”という商標はYiwu Wanqi E-Commerce Co.,Ltd.というカイシャのものらしいです。
それはさておき、300PSI仕様(!?)を謳う超高圧対応ポンプということで、そりゃ、熱くてタマらんのじゃなかろうか?と思いましたが、そこはさすがにヘッド部をプラスチックで成型してあり、熱伝導を抑えています。発熱の主体は細いシリンダ内部の圧縮空気なのですが、コレを保持するヘッドがプラスチックということで、11気圧にチャレンジ!という人でも火傷をせずに済むというわけです。こういうところにLEZYNEみたいな意匠性を求めて本体を総アルミで作ったりすると、熱過ぎて使えない代物になったところです。
先端のバルブ受け口をふさぐキャップが緩くて2秒ではずれちゃうとか、解除時のレバーの遊びが大きすぎて、走っているときにカタカタしそう、とか、小さいプラスチックヘッド以外は可動部故、押し込んだ時にプラスチックヘッドを持つ手の肉がヘッドと本体に挟まれて痛い思いをときどきするとか、細部の詰めが少々アレですが、それは、空気を入れる性能にすべてを賭けたが故。少々荒れ球ながら160km/h超の剛速球、のような実質本位の設計とも言え、ズッシリした重量感とともに、どんなもんだい!と言わんばかりのパフォーマンス。なかなか好ましい商品じゃなかろうか!?というのが第一印象です。
なお、このポンプの構造は、baruさんが非常にわかりやすく説明されています。
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=15590&forum=92また、Topeakでも同じ構造のポンプが発売されています。同社のWEBサイトの画像で確認すると、バルブ側が広くプラスチックで覆われており、握りやすくなっています。しかし、これがシリンダを覆っているため、シリンダ内径が制限され、実質的な掃気容量の減少につながっているようにも見受けられます。
この構造、まじめに調べてみたわけではありませんが、アイデアとしてはかなり古いような気がするので、基本特許はすでに切れているのかもしれません。TOPEAK以外からも出てくるかも知れませんね。
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数値を押えながら確認してみます。
■■■ 基本動作の確認 ■■■
外径22.2mm、内径21.0mm、長さ約152mmの本体金属円筒は押し引きする可動部ですが、これはシリンダと見ることができます。また、3mm幅の黒いねじ込み式プラスチックキャップをピストンと見ることができます。つまり円筒部が云わば第一シリンダで、黒キャップが第一ピストン。この第一シリンダを引っ張ると、中に入っている外径12.0mm、内径10.0mmのシリンダを経由して、タイヤに空気を送ります。つまり、空気が入っていないタイヤに空気を入れ始めると、最初のうちは引いている局面でもタイヤに空気が入ります。引き切ったのちに今度は押すわけですが、そうすると、細い第二シリンダを第二ピストンが掃気して、やはりタイヤに空気が入ります。
タイヤにある程度の空気圧が発生すると、どうなるか。
下図Aのようにバルブセットし、に第一シリンダを引っ張る(B)と、細い第二シリンダに空気を圧縮充填します。引き切った(C)のちに押すと、今度は第二ピストンが、第二シリンダに圧縮充填された空気をさらに圧縮し、気圧が上昇(D)します。この気圧が、タイヤ圧(に加えてバルブ解放に必要な僅かなプラスα)を超えた時に、バルブが開いてスーと空気がタイヤに入っていきます。図のEは空気が真っ赤になっていますが、ここまで押し切ってまだ入らないとすれば、この時の空気圧がこのポンプの限界空気圧です。(ホントに300PSIまで行くのかな??)
で、空気がタイヤに入ったとして、残留圧縮空気が押し戻すので、ここで手を離すとA'まで勝手に戻ります。
以上がこのポンプの動作です。というわけで、ポンプヘッドのバルブ接続口を指で塞ぎながらシリンダを引っ張ると、中の細いシリンダに空気が充填され、その気圧が指を押します。引っ張っているのに指を押してくるという、分かっているのですが少々不思議な感覚です。
■■■ 第一ピストンと第二ピストン ■■■
第一ピストンの有効面積は、内径21mmの円から、外径12mmの第二シリンダの円を控除したドーナツ型の面積で、これは
S1=2.333cm^2です。第一ピストンの引きストロークは125mmですから、第一ピストンの掃引体積はV1=29.16cm^3 となります。
一方で内径10mmの細い第二シリンダの中にセットされている第二ピストンの面積はS2= 0.785cm^2、押しストロークは同じく125mmで、掃引体積は、V2=9.817cm^3です。つまり、第一シリンダ内の大気圧の空気V1=29.16cm^3を第一ピストンで押し(引き)つぶして第一シリンダと第二シリンダの気圧を同時に上げながら、引き切ったときに第一シリンダ内の体積がゼロになる、というわけです。最初の体積V1+V2と最後の体積V2の比は3.97対1です。引いて、次に押して、第一シリンダと第二シリンダの空気をすべてタイヤに押し込むことができた、とすれば、単段シリンダ式ポンプに換算すると、ピストン掃引体積がV1+V2=38.98cm^3ということになります。これはZefalのテレスコピック式小型ポンプの49.52cm^3に対して78.7%まで迫っています。
Zefal小型ポンプ
https://cbnanashi.net/cycle/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=9342&forum=92これなら実用的なポンピング回数でタイヤ圧を上げられそうです。
ただし、空気を一方向に制御するワンウェイバルブの厚さがゼロではなく、こいつがある程度の体積を占有してしまうので、第一シリンダの空気がすべて第二シリンダに行くような理想状態が実現できるかというと、それはムリです。また、押し切って空気を入れ終わった時点で、第二ピストンの先の小さな空気室に圧縮空気が残留し、引き動作の時にコレが膨張してしまいますので、78.7%よりも悪化する方向にシフトするはずです。23Cチューブラタイヤに6気圧まで空気を入れる場合、Zefalの小型ポンプのポンピング回数に対して、本品は146%程度の回数となりました。逆数をとれば68.6%です。78.7%には及びませんが、決して悪くない数値でしょう。
■■■ 第一ピストンを引き切ると ■■■
空気は大雑把に言って窒素が80%、酸素が20%という組成ですが、いずれも2原子分子気体。というわけでRを(懐かしの)気体定数とすると、
……定積モル比熱cv = 5R/2
……定圧モル比熱 cp = 7R/2
……比熱比γ= cp/cv = 7/5 = 1.40
(※以上を簡単のため定数としましたが実際には温度依存性がかなりあるそうです)
初期のシリンダ体積Vo、初期の気圧をPoとして、P気圧に達した時の体積をVとすると
PoVo^γ= PV^γ
したがってP=Po/(V/Vo)^γ
ここでVoに第一ピストンと第二ピストンの掃引体積の和V1+V2、Vに第二ピストンの掃引体積V2を適用すると
V/Vo=1/3.97
とうわけで、第一ピストンが掃引する大気圧Poの空気Voは、体積Vの細いシリンダに充填されたときには
P=Po/(V/Vo)^γ = 6.76気圧
まで、理想的には上がっているはずです。ただし、これは絶対圧表示なので、普段、自転車乗りが使うゲージ圧(つまり大気圧を0と読み替える)にすればP=5.76気圧。第二ピストンの実効面積はS2=0.785cm^2でしたから、バルブ勘合口を指で封止してヘッドを持って、第一ピストンを125mmのストロークだけ引き切った時には、
F=P×S1 =4.52kgf
のちからが現れます。つまり、このポンプ。引き切って第二シリンダに与圧完了する瞬間には、4.52kgfのちからで手が引っ張っている、ということになります。(理想的には、ですが)
■■■ 本当にそうなっているのか ■■■
確認してみましょう。
つりさげ式のばね秤でこんな風にして、ヘッドを引っ張って計測します。
ヘッドを引く手にストローク終了のわずかな衝撃が伝わった瞬間の荷重指示値を読みますが、実際に使うときのように素早く引っ張りながら計測するので、かなり難しい計測です。精度は非常に怪しいのですが、得られた数値は3kgf付近つまりゲージ圧で3.81気圧。さすがに4.52kgfには及びませんでした。やはり、第一シリンダの空気がすべて第二シリンダに行くような理想状態には遠い、という気配が感じられます。それに、机上ではバルブ嵌合部の小体積を排除していることも原因でしょう。
■■■ 6気圧を得るには ■■■
第一シリンダを引き切ると第二シリンダに実測ゲージ圧で3.81気圧(さきほどの怪しい実験値)の空気がV2=9.817cm^3だけチャージされていることになる、としましょう。第二ピストンを押し込んでこれを6気圧まで上げるにはどれだけ押し込めばよいか、というのを考えてみます。なお、第二ピストンは第一シリンダの押し手の手のひら側に固定されているので、第二ピストンを押し込むというのは第一シリンダを押し込むことと等価です。再び次の式
P=Po/(V/Vo)^γ
これの初期値として今度は絶対圧でPo=4.81気圧、Vo=9.82cm^3なので、ゲージ圧で6気圧すなわち絶対圧でP=7気圧を得るとして、
V=7.51cm^3
を得ます。すなわち、ストローク125mmのうち、24%だけ押し込めば絶対圧で7気圧に到達します。つまストローク125mmのうちたったの29.4mmだけ押し込めばタイヤ内の6気圧(絶対圧で7気圧)に釣り合うので、+αを上乗せしてひとたびバルブを押し開ければ、その後はスーとタイヤに6気圧(絶対圧7気圧)の空気が入っていくことになります。6気圧(絶対圧7気圧)に釣り合うちからで押す場合、必要な手のちからFは
F=S2×6=4.71kgf
これは小さい。シリンダ内径17mmのLEZYNEのRoad Drive Miniは13.62kgfですから、実に34.6%のちからで済んでしまいます。実際に6気圧のタイヤに空気を入れてみると、さすがに32.5mmポイントでは空気は入らず、バルブを押し開けるポイントはもっと先で、既述のようにバルブ嵌合部の小体積が邪魔をするとか、そもそも実験がいい加減だからと言う理由で(笑)、50mm程度になるようですが、それでも大したものです。それに、必要なちからが小さいのは、全くの正味、そのままです。それにしても6気圧なんてこのポンプにしてみれば、実に軽いですねぇ。
■■■ このポンプの意義は? ■■■
必要なちからが非常に小さいというのは、第二シリンダの内径がたったの10mmしかないのですから、至極当然で、全然、驚くことではなく、誰もが想像する当然の結果です。しかしこのポンプの真価は、押し局面に移行する前に引き局面で第二シリンダにゲージ圧で(理想的には)3.59気圧の空気をチャージしているところにあります。第一シリンダの掃引体積が第二シリンダの2.97倍もあるのですから、細い第二シリンダに換算すれば、ストロークが 125mm×(1+2.97)=496mm になっているのと等価なわけです。この長さのポンプでこの機構がなかったら、同じ空気圧に到達するのにポンピング回数が実に4倍にもなってしまい、モ~やってられねぇ、ポンプは軽量ならいいってもんじゃないゼ!!・・・ということになるでしょう。
■■■ 最適設計の勘所 ■■■
第一シリンダ内径21mmが与件であるとして、第二シリンダ内径をいくつにすれば、もっとも使いやすいポンプになるでしょうか。
こういう課題設定下での最適設計は、方針さえ決めてしまえばそれほど難しいことではなく、このポンプの設計者もその辺は机上でちゃんと探査していることでしょう。その結果として各シリンダの内外径とストロークが与えられているはずです。また、このポンプ、長さの割にはほんの少し太いなあ、と感じるかもしれませんが、外径をオリジナルから1.5mmだけ細くすると、これだけで第一ピストンの掃引体積はオリジナルの79.5%まで低下してしまいます。その時点で設計者にしてみれば、「ちょっとこれじゃなあ、その分長くするのも避けたしいなぁ」とかとか、あれこれ考えたことが想像されます。
実際に使ってみた印象は、この体格でこの使い勝手というのは、かなり煮詰めた設計になっているなあ、です。
今後、Topeak以外にもフォロワーが出てくる可能性が高い、高圧対応携帯ポンプ、でありました。なお、Topeak製品の対応気圧は160PSIまでとなっており、控えめ(というか良心的表示?)です。
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★☆
年 式→2018