購入価格 ¥1600+税
ベテラン自転車ライター、藤下雅裕氏の著作。
パーツ・メーカーの取扱説明書というのは概して、年寄りには字が小さくて大変ですが、それを除けば実によくできていて、ちゃんと読解すれば作業が確実にできるようになっています。一方で、大抵の取説内容は頭の中に入っている!という人はショップで鍛えられたプロ以外では稀でしょう。主要なパーツだけ眺めても、メーカーごとに微妙に異なっていたりしますが、それらを憶えるのは大変です。私などもう歳なので、昔からやっている作業であっても、念のため取説を一通り確認することがあります。うっかり間違えた時の時間ロスが大きいので、急がば回れ、です。
さて、昔と比べて近年、特に感じるのは整備に対するパーツ・メーカーの姿勢です。
「なんでも自分でやる」
という人の人数は、スポーツ自転車市場が膨れ上がったために、増えているでしょう。しかし比率は、今の方が少ないと思います。メンテはショップ任せ、が大多数。これには、パーツ・メーカーの姿勢が、自転車に乗る人が自らパーツをインストールし、整え、修理・交換する、ということに距離を置き始めている、ということも影響しているように感じられます。パーツ・メーカーは、一定の講習を修了したプロ・メカニシャンがパーツをインストールし、整え、修理・交換することを、明らかに推奨しているように見えます。
まあしかし、走るのは我々エンドユーザですから、自転車が故障して、さてどうすりゃいいんだ!?という場面では自分しかいなかったりするわけで、そこで途方に暮れるのはできれば避けたい。
そんな時に機転を利かせるための知恵
を獲得する機会となるのが、この本ではなかろうか、と思います。
前置きが長くなりました。
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長年、自転車系出版やメカニックの現場など、自転車の世界で活躍されている藤下雅裕氏のライフワークともいえるロードバイク整備本の2015年版。ロードバイクの各部名称の確認から始まり、丁寧で、要領を得ていて大変わかりやすい説明と、見やすい写真、大きめの文字、そして傍らに置いて作業する場合にちょうど良い感じの版の大きさと厚さ、重さが特徴、でしょうか。カンパ、スラム、シマノの主要コンポ・パーツの取り扱い方がが一通り、わかりやすく説明されています。人を乗せて走るモビリティであるという性格上、自転車の整備は慎重かつ確実になされなければならないはずですが、その点をしっかり強調しているところも、たいへん好感が持てます。久々にこの手の書籍を購入しましたが、実によくできているなあ、と思います。想像するに、猛烈に手間暇かけた力作です。
ある程度の知識とセンスがあれば、パーツに付属する、またはWEB経由で入手できる取扱い説明書だけで作業することは可能ですが、基本に忠実な著者の流儀をまねて、基礎力をしっかり身につけるのもよいのではないかと思います。この本で基礎を固めておけば、新しい局面に出会ったときに、何を調べてどんな知識を獲得し、どんなツールを調達すればよいか、といったあたりがスムーズに運ぶことでしょう。こういうよくできたテキストをそれこそ舐めるように読み込んでフォトグラフィックにすべて暗記できてしまうのが若さの特権。というわけで特に、自転車に乗り始めた若い方々にお勧めしたい良書です。
いつの時代、どんな分野でも、通用するのは、確実な基礎力の上に立った創意工夫ですからねぇ。奇をてらった技術やギミックはいずれ、消えてなくなります。(完全に脱線)
藤下氏の整備本。実に素晴らしい著作だと思いました。
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★
年 式→2015
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以下余談。
昔の話で恐縮ですが、この手の本は1982年に、八重洲出版の整備本を買ったのが私の初体験です。
2015年版と1982年版
藤下氏はその時にもしっかり編集にかかわっています。で、当時の整備本との決定的な違いは、
『ホイール組みの扱い』
です。現行版ではホイール組みに触れていませんが、1982年版では詳細に触れています。かつては、手組ホイールという言葉は存在しなかったわけで、ホイールが必要になったら店で組むか自分で組む、というのがごく普通の時代でもありましたが、時代は変わりました。ホイールは結局のところ、重要保安部品。そんなわけで著者に抑制心が働いているのでしょうか。だとすれば、それは一つの見識ではあります。
それでもホイールを組む、ということであれば、まずは定評のあるリムを選択し、一般的な組み方を試すのが良いと思います。いろいろ経験を積んで、ホイールの構造や、駆動時や制動時にホイール各部にかかる力関係を正しく理解、または体得している人がたとえばイレギュラーなホイール組に挑戦するのは悪くありませんが、リヤ・ホイールをラジアル組にすることがなぜダメなのか即答できないような人は、イレギュラーなホイール組に挑戦するのはやめた方が良いかもしれません。そういう意味でも、メカニックの大ベテランである著者は、ホイール組に関しては信頼できるプロに任せるべき、と考えているのでしょう。
あそうそう、82年版では旅行用自転車もちゃんと扱っていました。
完全脱線 ・ ・ ・ 実は、藤下氏の名前をサイスポで初めて見たのが1977年。というか、4年ほど経って大学生になってから読み返して気が付いたのですが、パーツや自転車の繊細な点描が多く掲載された読者投稿のイラスト・コーナーで、とても個性的な線画が採用されているんですね。評点も突出していて99点。ものすごく手先が器用な人なのでしょう。すでに還暦を迎えたそんな大ベテランが整備本のような面倒で細かくて辛い仕事をきちっとやる、というあたりに凄みを感じます。
なお、藤下氏といえば、1980年台前半のサイスポ紙面をにぎわせた編集部三羽烏(と勝手に命名)、松本敦、小林徹夫、藤下雅裕の、あの藤下氏。昔から乗り続けている中年の諸姉諸兄にはなじみの深い方です。あのころは今と比べてサイスポの紙が粗悪でしたが、雑誌が活き活きしていた時代でした。