購入価格 ¥2500円+税
出版社: グラフィック社
発売日: 2012/2/25
カバーと本体表紙
著者・今野真一氏は1972年生まれ。ハンドメイド自転車工房『今野製作所』の創業者、故・今野仁さんを後継する二代目ですが、40代半ばに差し掛かり、日本を代表する自転車職人のひとりとして今まさに、活躍されています。
著者は職業人として現役ど真ん中というわけですが、しかし、4年前のこの著作は、今野真一氏の遺書である、と言い切ってしまいたいと思います。
スチール・フレームへのこだわり、技術、ノウハウ、愛、夢・・・
全てを網羅し、遺すべく執筆したであろう、渾身の一冊です。
≪過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目となる≫
とは、過去に対する構えと、未来に向かうための構えを説く演説の中でもたらされた、かの国のかつての大統領の言葉。著者はさながら、こういう意味の言葉を、この著作を通して、自転車の製作を志そうとする者たちに投げかけているかのようです。
スチール・フレームは過去であり、現在であり、そして未来である。
スチール・フレームから学ぶことはあまりにも多い
スチール・フレームを通して、自転車をより深く知ることができる
そんなメッセージが行間から迸ります。
この本、サラっと流してしまえば30分もあれば一通り読むことができます。しかし、深い理解を自分に促しながら読むとなれば、なかなか前に進まない、そんな本です。
「何この本、役に立たねぇ~」
と感じる方もいるかも知れません。受け止め方は様々でしょうが、私の感想は、
「物凄い著作!」
です。
「自転車ビルダー入門」
題名からして、読み手にある種、覚悟を迫っています。
志を持つ者に心して読んでほしい、という著者の願いを感じ取ることが出来ます。
そして表紙カバー右上のジオメトリ図。
ここに記された数値の意味に思いを馳せ、想像を巡らせること小一時間。ようやく表紙をめくり、この本への入門を許される、という気分になります。
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2ページ目の
「はじめに」
では、「自転車ビルダー」の定義、何が製作技術や製作方法を編み出すのか、先哲に近づく最もよい方法とは何か、が示されます。合理性と情熱。このふたつがビルダー・今野真一氏を突き動かしています。
本題に入れば、フレーム素材、デザイン、製作のための道具・治具、製作の実際など、製作現場から発せられる生きた記述が続きます。読み手にも集中力が要求されます。意味を考えながら読むならば、なかなか前に進めないはずです。10ページの図中に存在する、判断が難しい誤記。これに気づくような若者をスタッフとして迎えたい、という著者の意図的なトラップかもしれません。
「オーダーフレームとは?」
12ページの論考では、オーダーの請け手はコンサルタントとしての力量も試されることが示されます。2001年の秋、ケルビム先代の仁さんに、ケルビムの小径車コンセプトから大きく逸脱した小径車用フレームをオーダーしたことがあるのですが、その時、おおいに盛り上がった話題は、大きく逸脱していることではなく、小径車のフロント周りのジオメトリです。あれは優れて、仁さんのコンサルティングだったのだ、と思い至りました。
あとのページにはこんな記述も。
「乗り手に作り手側の好みやスタイルを押し付けるのでは、オーダー自転車としてのメリットもなくなってしまいます。」
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33ページのフロントトレールの図。これはかつて雑誌に掲載された今野製作所の広告ページでの先代の仁さんのコラム、そこからの引用でしょう。こういう図を眺めてどれだけ思考を巡らせることが出来るか。流し読みすればちょっと変わった自転車本。しかし、長考すればするほど、ものすごい本に変化していく、それをこの本の至る所で実感することが出来ます。
「ビルダーが持っている自転車に対する先入観や、これまでの経験を取り除くことはできませんが、その無意識の状態を掘り下げる研究や実験は決して無駄ではなく、人間の感覚に与える効果は大きいとも信じています。本当に良い自転車とは理屈抜きに感じるものでもありますが、理論は必ずあるのです。」
であるがゆえに不断の研鑽と精進を忘れてはいけない。著者の姿勢が垣間見られる一文です。
パーソナルコンピュータがかろうじて一般的な存在になり始めた1980年初頭、すでにPCによるスケルトン計算の環境を整え、当時、ホリゾンタル(稀に前傾)一辺倒だった状況の中、スローピング・トップを、小柄な乗り手のために当然のように取り入れていたのがケルビムですが、79ページに、PCスケルトン画面が示されます。ワタシ的には懐かしい図柄です。操舵角度とハンドルの上下量の関係を示すグラフは、自転車産業振興協会技術研究所の70年代の研究成果に連動しているのかも知れません。進取の気性に溢れるアバンギャルドな先代・仁さんならではの取り組みだったように思われます。二代目・真一氏は、その遺志を確実に継承しているようです。
100ページの「フレーム製作のワークフロー」にある一文。
「理想は仕上げ作業が必要ないろう付けです。「仕上げの名人」では駄目なのです」
ものづくりに賭けた職人の、燃え立つような言葉ではありませんか!
先代の遺志を継承し、自分流に発展させることを決心するに至った二代目の強靭な職人魂をいたるところに感じます。ここまで書いたのだから、あとは自分で考えてくふうしてほしい。
これはまさしく、書けるうちに書いて遺した、遺書なのだ、と思いました。
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シクロウネを興し、3Rensho(三連勝)で世界で勝負し、実績も残した今野義氏はケルビム先代・仁氏の実弟ですが、真一氏は、今野義氏の自転車への情熱をも受け継ごうとしているようです。それは、NHKのとある番組に一瞬、登場したこの梱包テープを見れば、明らか。
自転車製作を志す方はもちろんですが、そうでない方にも、時間をかけてじっくり考えながら味読していただきたい、すごい本です。
価格評価→★★★★★
評 価→★★★★★
年 式→2012